EWSへの枠の割当て(Reservation)を巡る議論

背景

インドにはカースト差別をなくすための「枠の確保」(reservartion)という制度があり、低カーストの出自(SC: Scheduled Castes、Dalits)、被差別部族の出自(ST:Scheduled Tribes、Adivasis)、その他要支援層(OBC: Other Backward Classes)といった社会的地位や社会的抑圧のために機会を得られない者に、教育機会、就労機会を与えるべく、教育機関や公的機関に彼らを受け入れる定員枠を設ける制度化があります。

議論の発端は、1980年にBP Mandalが率いる第2要支援層委員会が提出した報告書でした。この報告書は、その他要支援層に対して27%の枠の確保、そして低カーストの出自/被差別部族の出自に対して22.5%の枠の確保を推奨しました。

しかし、中央政府はその10年後、この報告書に基づき、社会的・教育的後進階層に27%の定員枠を設け、直接雇用で充足することを定めた覚書(OM)を発令しました。

Indra Sawhneyは、この命令に対して次の以下の3つを論点に覚書の正当性を問いました(Indra Sawhney事件)。

  1. 「枠の確保」は、機会の平等という憲法の保証に違反する。
  2. カーストは後進性の指標として妥当なのか。
  3. 公的機関の効率性は保てなくなる。

「枠の確保」はあくまで機会を平等にする制度であり、経済的後進性を改善するための制度ではない、と考えられてきました。しかし2019年1月9日、インド議会は「憲法(第百三改正)2019」を成立させ、高等教育や公職に関する事項で「枠の確保」に際して、その適用基準は経済的基準のみに基づくとしました。同法は憲法15条と16条を改正し、憲法15条6項と16条6項を挿入し、2019年1月12日に大統領の同意を得、同日付で官報に掲載されました。

(https://www.scobserver.in/cases/janhit-abhiyan-union-of-india-ews-reservation-case-background/)

2019年まで共同体に与えられていた「枠の確保」は、社会的・教育的後進性に基づいていました。これは事実上、カーストや部族のアイデンティティが、枠の確保を認める唯一の要因であったことを意味していました。概して経済的な要素は重要な意味をなしていなかったのです。インドの裁判所はカーストに経済的な特約を加える場合もありましたが、共同体のなかで比較的豊かな「クリーミーレイヤー」を形成する人たちは枠の確保からは排除され、例外的として扱われていました。しかも、選挙で選ばれた議員がクリーミーレイヤーのために「枠の確保」を推し進めたことはありませんでした。

(https://scroll.in/article/1036986/the-india-fix-does-the-ews-quota-sound-the-death-knell-for-mandal-and-ambedkarite-politics)

「枠の確保」に際して、その適用基準を経済的基準のみに基づくとしてしまうと、「クリーミーレイヤー」のような人たちも枠を活用で着る余地が生まれるのです。

「クリーミーレイヤー」の概念は、1992年のIndira Sawhney事件の判決を通じ、最高裁判所により作られました。しかし2019年に最高裁は、「社会的に高い位置の層を枠の確保から排除することは、その「階級」を真の要支援層にすることになる」と主張し「クリーミーレイヤー」に「枠の確保」を当てはめることは、平等の原則に則った憲法の基本構造に沿うものであるとしました。

(https://scroll.in/article/896276/explainer-what-is-creamy-layer-and-why-applying-it-to-caste-reservation-is-controversial)

第15条6項に基づく改正により、国は経済的に弱い立場の国民(EWS: Economically Weaker Section)の立場向上のために、教育機関での機会確保を含む特別な規定を設けることができるようになりました。また、いかなる教育機関でもそのような確保をできるとされ、補助を受けているいないに関わらず私立の教育機関も含み、ただし第30条第1項に規定される少数民族の教育機関は除いています。さらには、EWS枠確保の上限は10%に設定されています(EWSカテゴリーに属する国民のために定員の10%まで確保できることを意味する)。この10%の上限は、既存の確保枠の上限(50%)とは無関係です。

第16条6項により、国は人材登用枠を確保できる規定を設けることができます。こちらも、これらの規定は10%の上限が設定され、それは既存の確保に加えてとなります。

Janhit Abhiyan訴訟

これまでに20件以上の訴訟(Janhit Abhiyanからの訴訟を含む)が提起され、第103回修正の憲法上の有効性に疑義を呈しています。彼らが争点とするのは、この改正が憲法の基本特徴に反しており、即ち第14条に規定される平等に対する基本的権利を侵害していると主張します。特に、彼らは次のような主張をしています。

  1. 枠の確保は、経済的基準にのみ基づくことは妥当ではないのではないか、特にIndra Sawhney v. Union of India (1992)における最高裁判所の判決を考慮すると。
  2. 低カーストの出自(SC: Scheduled Castes)、被差別部族の出自(ST:Scheduled Tribes)、その他要支援層(Other Backward Classes)は、経済的な観点からは除外できない、なぜなら平等に対する基本的な権利を侵害することになるから。
  3. 修正憲法は、Indra Sawhney事件で設定された枠の確保の上限である50%を超えてしまう
  4. 国の援助を受けていない教育機関に確保を課すことは、平等の基本的権利を侵害する。

現在、教育と公職の枠の49.5%が確保されており、低位カースト、被差別部族、その他の要支援層にはそれぞれ15%、7.5%、27%の割当となっています。 

2019年に5日間の公聴会を経て、裁判所は、本件を法廷に付託する問題について命令を留保していました。2020年8月5日、裁判所はこの事件を5人の裁判官からなる法廷に付託することを決定しました。

2022年8月30日、最高裁判所は審理すべき事項をリストアップし、他の4つの憲法法廷の案件とともに、9月の第1週から審理させました。5人の裁判官で構成される憲法法廷は、CJI U.U. Lalit に率いられ本件を、州内のイスラム教徒に確保を与えるアンドラ・プラデシュ州の2005年の法律に対する異議申し立てと一緒に審理する意向を表明しました。

しかし、9月6日、同法廷は最初にEWS枠の件をいつ審理するかを決めると述べました。9月8日に法廷はK.K. Venugopal司法長官が提起した問題を受理しました。彼らの決定する事項は:

  1. 経済的な基準にのみ基づいて枠確保を付与することが可能か?
  2. 州は、修正法の規定通り、政府の援助を受けていない私立の教育機関にも予約枠を与えることができるか?
  3. EWS枠の確保は、低位カースト、被差別部族、その他の要支援層、社会的および経済的要支援層をその範囲から除外すると無効であるか?

2022年9月27日、法廷はすべての当事者からの議論の聴取を終え、本件の判断を留保しました。3対2で、同法廷は2022年11月7日に判断を下し、修正法とEWS枠は憲法上有効であるとしました。Maheshwari、Trivedi、Pardiwalaの各裁判官は、多数派のために個別の同意意見書を認め、Bhat裁判官は、自身とU.U. Lalit首席裁判官を代表して反対意見を書きました。

(https://www.scobserver.in/cases/janhit-abhiyan-union-of-india-ews-reservation-case-background/)

https://primelegal.in/2022/11/13/janhit-abhiyan-v-union-of-india-tracing-the-history-of-103rd-constitutional-amendment/

注)

インド司法の特徴に「司法権が憲法価値の具体的実現の過程で政治部門とは別に独自の憲法判断を示す姿勢」(司法積極主義)が知られています。

浅野宣之「インドにおける司法と政治ー最高裁裁判官に注目してー」

今泉慎也編『アジアの司法化と裁判官の役割』調査研究報告書 アジア経済研究所, 2012